カマラ・ハリス新副大統領の勝利演説を英語で聞いて読む ~While I may be the first, I will not be the last~
2020年11月8日、アメリカ初の女性副大統領に選ばれたカマラ・ハリスの勝利演説(Victory Speech)のスピーチ全文、日本語訳、解説を紹介します。
前回2016年には、ビル・クリントン元大統領の妻ヒラリー・クリントンが初の女性大統領候補として選挙を戦いましたが、共和党のドナルド・トランプに敗れました。その時の敗北宣言のスピーチで “Now, I know, I know we have still not shattered that highest and hardest glass ceiling, but someday, someone will.”(今はその最も高く固いガラスの天井をまだ破っていないことはわかっていますが、でもいつか、誰かが破るでしょう)と語ったのが有名です。今回の選挙で女性として初めて、副大統領として大統領官邸に入ることになったハリス氏は、 “While I may be the first woman in this office, I won’t be the last.”(私は大統領官邸に入る初の女性かもしれませんが、最後ではないでしょう)とこの演説で述べました。ジェンダーの平等も含め、優しいけれどもはっきりとした語り口で述べられたメッセージを紹介します。
上の映像の再生ボタンを押して、スピーチを聞きながら、下の英語の原文、日本語による訳と解説をお読みください
And protecting our democracy takes struggle. It takes sacrifice. But there is joy in it and there is progress. Because ‘We The People*1‘ have the power to build a better future.
And when our very democracy was on the ballot in this election*2, with the very soul of America at stake, and the world watching, you ushered in a new day for America.
ジョン・ルイス下院議員は亡くなる前に、こう書きました。「民主主義は状態ではなく行動である」と。彼が意味したのは、アメリカの民主主義は決して保証されていないということです。私たちがそのために闘い、決して当然のものとしてとらえず守る意志があってこそ強いものになります。
私たちの民主主義を守るには、困難を伴います。犠牲を伴います。しかしそこには喜びがあり、進歩があります。なぜならば、「私たち国民」には、より良い未来をつくる力があるからです。
今回の選挙には、私たちの民主主義そのものがかかっていました。アメリカの魂そのものがかかっていました。そして世界中が注目する中、皆さんが先導し、アメリカのために新しい日をもたらしてくれました。
To our campaign staff and volunteers, this extraordinary team — thank you for bringing more people than ever before into the democratic process and for making this victory possible.
To the poll workers and election officials across our country who have worked tirelessly to make sure every vote is counted — our nation owes you a debt of gratitude. You have protected the integrity of our democracy.
And to the American people who make up our beautiful country — thank you for turning out in record numbers to make your voices heard*3.
私たちの選挙陣営のスタッフの皆さん、ボランティアの皆さん、このすばらしいチームの皆さん。かつてないほど多くの人たちをこの民主的なプロセスに引き入れてくださったこと、そしてこの勝利を可能にしてくださったことに感謝します。
すべての票が集計されることを確認するために休むことなく働いてくれている投票所での作業者や選挙管理に当たる皆さん。私たちの国は皆さんに感謝すべき恩義があります。皆さんが、私たちの民主主義の品位を守ってくれたのです。そして私たちの美しい国を成り立たせている皆さん。皆さんが自らの声を聞かせるために、記録的な数として投票に参加してくれたことに感謝します。
And I know times have been challenging, especially the last several months. The grief, sorrow, and pain. The worries and the struggles. But we’ve also witnessed your courage, your resilience, and the generosity of your spirit.
For 4 years, you marched and organized for equality and justice, for our lives, and for our planet*4. And then, you voted.
You delivered a clear message. You chose hope, unity, decency, science, and, yes, truth.
特にこの数カ月は困難な時期だったことをわかっています。嘆き、悲しみ、そして痛みがありました。不安と、奮闘がありました。しかし私たちはまた、皆さんの勇気、回復する力、そして寛容な精神も目撃しました。
4年間にわたり、皆さんは平等、正義、私たちの命、そして私たちの地球のために前進し、団結しました。そして、投票しました。
皆さんははっきりとしたメッセージを届けました。希望、結束、良識、科学、そしてそう、真実を選んだのです。
(>下に続く)
<< 解説 >>
- people は「人々」という意味の名詞ですが、the をつけて “the people” とすると「国民」という意味になります。
- “when our very democracy was on the ballot in this election”(今回の選挙では私たちの民主主義そのものがかかっていた)というのは、トランプ大統領が選挙活動中から「選挙で不正が行われる」という陰謀論を語り、選挙という民主主義の根幹に対する正当性が脅かされた状況を指しています。
- “make your voices heard” の make は「~させる」という使役動詞で、make A V(動詞の過去分詞形) で「AをBさせる」という意味です。「自らの声を(政治家に)聞かせる」という投票の意味を表現しています。
- 2017年~2020年の4年間のトランプ政権の期間に起こった運動を表す単語が並んでいます。2017年10月にはハリウッドから#Me Too運動が始まり、女性へのセクハラや性的暴行に対する反対運動が高まりました。そして2020年にはジョージ・フロイド事件をきっかけに黒人差別に対する反対運動が高まりました。こうした差別に対し、equality(平等)や justice(正義)を求めて人々が運動を起こしたことを表わしています。最後の for our planet(地球のために)は、地球温暖化といった環境問題を真剣に取り合わないトランプ大統領をはじめとする共和党に対し、民主党は環境問題を重視しているので、この言葉が入っています。
Joe is a healer. A uniter. A tested and steady hand.
A person whose own experience of loss*5 gives him a sense of purpose that will help us, as a nation, reclaim our own sense of purpose. And a man with a big heart who loves with abandon. It’s his love for Jill, who will be an incredible first lady.
It’s his love for Hunter, Ashley, his grandchildren, and the entire Biden family.
And while I first knew Joe as Vice President, I really got to know him as the father who loved Beau, my dear friend, who we remember here today.
皆さんはジョー・バイデンを次期アメリカ合衆国大統領として選びました。
ジョーは、癒しの人です。結束させる人です。信頼できる、確かな手腕の人です。
自らの喪失の経験が彼に目的意識を与えており、私たちが国として、自分たちの目的意識を取り戻すのを助けてくれるでしょう。そして非常の大きな愛のある、心の大きな人です。素晴らしいファーストレディーになるであろう、(妻の)ジルへの愛があります。(次男の)ハンター、(娘の)アシュリー、そして孫たち、家族全員への愛があります。
私は初めに副大統領としてジョーを知る中で、今日ここで私たちが思い出す親愛なる(亡くなった長男の)ボーのことを愛する父親としての彼を知るようになりました。
And to my husband Doug, our children Cole and Ella, my sister Maya, and our whole family — I love you all more than I can ever express.
We are so grateful to Joe and Jill for welcoming our family into theirs on this incredible journey. And to the woman most responsible for my presence here today — my mother, Shyamala Gopalan Harris, who is always in our hearts.
そして、私の夫ダグ、子どものコールとエラ、妹のマヤ、そして家族全員にへ。言葉では言い尽くせないほど愛しています。
ジョーとジルには、この素晴らしい道のりにおいて、私たちの家族を彼らのもとへと招き入れてくれたことにとても感謝しています。そして今日ここにいる私の存在に最も貢献した女性、私の母シャマラ・ハリスに感謝します。母はいつも、私たちの心の中にいます。
When she came here from India at the age of 19, maybe she didn’t quite imagine this moment. But she believed so deeply in an America where a moment like this is possible. So, I’m thinking about her and about the generations of women — Black women.
Asian, White, Latina, and Native American women throughout our nation’s history who have paved the way*6 for this moment tonight.
Women who fought and sacrificed so much for equality, liberty, and justice for all, including the Black women, who are too often overlooked, but so often prove that they are the backbone of our democracy.
母が19歳でインドからやって来た時には、こんな瞬間をまさか想像もしなかったでしょう。しかし彼女は、こんな瞬間が実現する可能性のある場所であるアメリカを深く信じていました。ですから私は今、母のこと、そして何世代もの女性たちー黒人女性たちーのことを考えています。今夜のこの瞬間への道を切り開いてきた、この国の歴史における多くアジア系、白人、ラテン系、ネイティブアメリカンの女性たちのことを考えています。女性たちはすべての人のための平等、自由、正義のために闘い、多くを犠牲にしました。
中でも黒人女性たちは、あまりにもしばしば見過ごされながら、しかしまた、私たちの民主主義を支える存在だと証明してきました。
(>下に続く)
<< 解説 >>
- “own experience of loss”(自らの喪失の経験)とは、バイデン氏が過去に妻と娘を交通事故で亡くし、2015年には長男を病気で亡くした経験を指しています。複数のご家族を亡くすという辛い経験から立ち上がってきた人なんですね。
- “pave the way” は「道を開く、地ならし・地固めをする」という意味で、自分の成功や達成の前に先人たちが積み重ねてきてくれたことを表す時によく使う表現です。
All the women who have worked to secure and protect the right to vote for over a century: 100 years ago with the 19th Amendment, 55 years ago with the Voting Rights Act, and now, in 2020, with a new generation of women in our country who cast their ballots and continued the fight for their fundamental right to vote and be heard.
1世紀以上にわたり、投票する権利を確保し守るために力を尽くしてきたすべての女性たちがいます:100年前には憲法修正第19条、55年前には投票権法ができ、そして2020年の今、私たちの国の新たな世代の女性たちが投票し、投票し声を届けるという基本的な権利のための闘いを続けたのです。
Tonight, I reflect on their struggle, their determination and the strength of their vision — to see what can be unburdened by what has been — I stand on their shoulders.
And what a testament it is to Joe’s character that he had the audacity to break one of the most substantial barriers that exists in our country and select a woman as his vice president.
But while I may be the first woman in this office, I will not be the last.*7
今夜、私は彼女たちの奮闘、決意、そしてビジョンの強さを思い起こします。これまでに下された荷を見て、これから何を下せるかを見極めるために。私は、彼女たちを手本にします。
私たちの国に存在する最も堅固なバリアを打ち砕き、自身の副大統領に女性を選ぶ大胆さは、ジョーの性格のなんという証しでしょうか。
私はこのオフィス(大統領官邸)内の初の女性かもしれませんが、最後ではないでしょう。
Because every little girl watching tonight sees that this is a country of possibilities. And to the children of our country, regardless of your gender*8, our country has sent you a clear message:
Dream with ambition, lead with conviction, and see yourself in a way that others may not, simply because they’ve never seen it before. But know we will applaud you every step of the way.
なぜなら今夜この場面を見ているすべての幼い女の子たちは、この国は可能性の国だということを見ているからです。私たちの国の子どもたちへ、ジェンダーにかかわらず、私たちの国ははっきりとしたメッセージを送りました。
野心と共に夢を抱き、信念を持って導いてください。そして、周りが、単純にこれまで見たことがないからという理由であなたのことを見ない見方で、自分を見てください。でも私たちは、皆さんの一歩一歩を称賛することを覚えておいてください。
To the American people:
No matter who you voted for, I will strive to be the vice president that Joe was to President Obama — loyal, honest, and prepared, waking up every day thinking of you and your family. Because now is when the real work begins.
アメリカ国民の皆さん。
誰に投票したかにかかわらず、私は副大統領として努力します。ジョーがオバマ大統領に対してそうだったように、忠実に、誠実に、準備を整え、毎朝、皆さんや皆さんの家族について考え目を覚まします。なぜなら今こそ、本当の仕事が始まる時だからです。
The hard work. The necessary work. The good work. The essential work to save lives and beat this pandemic. To rebuild our economy so it works for working people. To root out systemic racism*9 in our justice system and society. To combat the climate crisis. To unite our country and heal the soul of our nation.*10
それは困難な仕事です。必要な仕事です。良い仕事です。人々の命を救い、この感染症に打ち克つために欠かせない仕事です。働く人々のために機能するように私たちの経済を立て直すために。私たちの司法制度や社会にはびこる構造的な人種差別を根絶するために。気候危機と闘うために。私たちの国を結束させ、その魂を癒すために。
And the road ahead will not be easy. But America is ready. And so are Joe and I.
We have elected a president who represents the best in us. A leader the world will respect and our children can look up to. A commander-in-chief who will respect our troops and keep our country safe. And a president for all Americans.
その道のりは決してやさしいものではないでしょう。けれども、アメリカは準備ができています。ジョーと私もそうです。
私たちは、私たちの最善の部分を象徴する大統領を選びました。世界や子どもたちが尊敬できるような指導者です。私たちの軍隊に対し敬意を払い、国の安全を守る最高司令官です。そしてすべてのアメリカ国民のための大統領です。
It is now my great honor to introduce the President-elect of the United States of America, Joe Biden.
それでは光栄にも、アメリカ合衆国次期大統領、ジョー・バイデンをご紹介します。
<< 解説 >>
- このハリス氏の勝利スピーチのハイライトと言っていいフレーズです。やはり初の女性副大統領という歴史に残ることなので、アメリカにおける女性の権利の道のりについても、演説内で多く言及されました。注目は “first woman vice president”(初の女性大統領)ではなく、“first woman in this office”(大統領官邸内の初の女性)と言っていることです。これが最後にはならない=これに続く人がいる、ということは、その人が副大統領ではなく、大統領かもしれない、ということを示唆しています。
- gender(ジェンダー)は、社会的・文化的な性別を表すのに使われる単語です。なので、「男女平等」は “gender equality” と言います。sex も性別という意味がありますが、こちらは生物学的な性別を表します。
- “systemic racism”(構造的な差別)は、2020年のブラック・ライブズ・マター運動でよく聞かれた言葉でした。(ブラック・ライブズ・マター運動に関する記事は→こちら)人種差別が個人の意識の問題ではなく、社会的な構造に組み込まれた問題である、ということを表わしています。
- スピーチの序盤、バイデン氏を表す表現として使われた unite と heal という単語が再度使われています。選挙後のキーワードとなった言葉です。アメリカ大統領選は接戦になることは珍しくありませんが、対立する陣営(トランプ派と反トランプ派)がここまで激しく争うことは前代未聞でした。このような分断を極めた選挙戦を終えて、勝利した民主党は国内の融和のために、この2つのキーワードを使っています。